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関ヶ原

図書館で借りて読み終えました。

徳川家康と石田三成、老練さが微塵も無い僕は、もちろん石田三成寄りで読んでいました。

世の趨勢を見る限り、家康の天下となるのは避けようが無かったと思うけど、中途半端な態度を取った(強大な)外様大名がどういう末路を辿るかってことは、毛利家も島津家も想像できなかったのかなぁ、と思いました。

関ヶ原の合戦で西軍が押し気味の時に毛利家と島津家が動いていれば、小早川秀秋も西軍として戦っていただろうし。
そうなれば西軍が勝利していたかもしれないし、西軍勝利といかなくとも家康は東海・江戸へと後退しただろうし、さすれば九州を制圧した黒田官兵衛と会津の上杉も加わって家康を挟み撃ちにして…、なんてタラレバの話が無限に広がります。

関ヶ原の合戦の結果、辛酸を舐めた毛利と島津(薩長)が250年後に徳川幕府を倒す、というのは、不思議というか自然の流れというか面白いですね。







20150430134924_DSC_0762.jpg
江戸城普請時に残された薩摩島津家の家紋
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